歌でたどるゴスペルの歴史

 今、多くの人の注目を集めている"Gospel"。でもそこには、その歌をうたい継いできた人々の、数奇な運命の歴史があります。今からいくつかの歌を通して、ゴスペルの歩んできた歴史をたどってみましょう。

 歴史の始まりは、アフリカ大陸からです。その昔からアフリカの人々は、短い言葉によるメッセージを、かけあいのメロディにのせてうたい継いできました。その歌声は、アフリカの、太陽の光あふれる大地、そして山々にこだましていました。

  <Uyai Mose>

 今からおよそ300年前、肌の色の黒いアフリカの人たちが、アメリカ大陸に移り住んできました。
 でも、それは決して本人たちの意思によるものではありませんでした。ヨーロッパからアメリカに、新天地を求めて移り住んで行った白人たち。その白人の所有する農場で、つらい重労働をさせるために、奴隷として売られて行ったのです。アメリカで彼らを待ちうけていたのは、奴隷としての過酷な生活でした。家畜のようにムチ打たれながら、日の出から日暮れまで、厳しい仕事に明け暮れる毎日でした。
 これが今のアフロ・アメリカン、アメリカの黒人たちのルーツです。
やがて彼らは、キリスト教の信仰に出会います。自分たちを虐げる白人たちの宗教、キリスト教。しかし、支配者にとって都合のよい部分を取り払ったその向こう側に、彼らは自分たちの苦しみを救ってくれる神の存在を感じ始めました。アフリカでうたい継いできた歌のメロディとリズムにのせて、彼らは神に向かって救いを求める歌をうたい始めました。

わが主よ、いまここに来てください。
Kum bah yah, my Lord, kum bah yah

  <Kum Bah Yah>

 動物と同じような扱いしか受けられず、自らの人間としての尊厳を見失いそうになる時、それを思い出させ、生きる望みを与えてくれたのが、神を信じる信仰であり、全身全霊を込めてうたう歌、霊歌でした。黒人霊歌/ニグロ・スピリチュアルの誕生です。

Lord have mercy.
神さま、わたしに憐れみを。わたしの魂に憐れみを与えて下さい。

神さま、わたしにはあなたが必要です。主よ、わたしを救って下さい。

  <Lord have mercy>

 黒人霊歌の中には、旧約聖書・出エジプト記から作られた歌がたくさんあります。何千年もの昔、エジプトの地で奴隷の苦役を強いられていたイスラエル民族。しかし、その嘆き叫ぶ声を神が聞かれ、モーセという指導者を送ってエジプトから救い出された物語、それが出エジプト記です。自分たちの奴隷としての身分と重ね合わせながら、いつの日か神が与えて下さる「救いの日」が来ることに希望を託して、彼らはそんな歌の数々をうたい継いでいきました。

エジプトにいるイスラエルの民に、解放を!悩めるわが民を 解き放て!
Go down Moses!
ゆけ!モーセ!ファラオに告げよ! 『わが民を解き放て』と。

  <Go down moses>

 1865年、南北戦争の終結によって、アメリカ合衆国から奴隷制度は撤廃されました。しかしそのことは、すぐさますべての黒人が自由と平等を勝ち得たことを意味するものではありませんでした。依然として白人による黒人に対する差別は根強く残り、黒人の人たちは以前にも増して貧しく辛い生活を送らなければなりませんでした。
 黒人たちは社会のあちこちで差別を受けていました。自由に学校に通うことができず、自由に職業を選ぶこともレストランで食事をすることも許されず、バスの座席で、水飲み場で、選挙の投票所で、そして刑務所でさえも、白人専用と黒人専用に区分けされる生活を強いられていました。しかし黒人たちはそれでも生きることをあきらめず、神に祈り、黒人霊歌を、そしてゴスペルをうたいながら、希望を持って生きてきました。そんな歩みの中から、人間の自由と平等を求める闘い・公民権運動が生まれました。
 マルチン・ルーサー・キング牧師は、公民権運動の偉大な指導者です。白人たちの、悪意と憎悪と暴力に対し、キング牧師は愛と非暴力で対抗することを人々に呼びかけました。多くの黒人たち、そして心ある白人たちがキング牧師の呼びかけに応えて、立ち上がり、その闘いに加わりました。非暴力の闘いで不当にも逮捕され、留置場に入れられることがあっても、彼らはひるまずにその闘いを続けました。そして、ゴスペルの歌の数々が、そんな彼らを支え励ましました。歌が大きな力を持った時代があったのです。

We shall overcome!
われわれはいつの日か、必ず勝利するぞ!

心の奥深くで、わたしは信じている。われわれはいつの日か、必ず勝利するのだ

『あなたは牢獄に入ったことがあるか?』
Certainly Lord! もちろんです、主よ!

 『あなたは30日間の拘留を受けたことがあるか?』
もちろんです、主よ!

 『それでもあなたは、自分に与えられた日々を差し出すことができるか?』
もちろんです、主よ!

 『あなたは自由のために闘うことができるか?』
もちろんです!もちろんです、主よ!

  <We shall overcome → Certainly Lord>

 1963年、アメリカの首都・ワシントン広場に集まった20万人もの人に向かって、キング牧師は叫びました。I have a dream! わたしには夢がある!」それはいつの日か、すべての人々が肌の色や生まれ素性によってではなく、その人の人格によって評価される世界が来るに違いない!という夢でした。当時の人々のうち、この夢を拒んだ人もいました。5年後、キング牧師は暗殺されます。しかし、彼の見た夢はその後も人々の心を動かし続け、アメリカの歴史の中に、世界の歴史の中に大きな変革を生み出す力となりました。それではここで、キング牧師の有名なスピーチの一節を聞いていただきましょう。

  キング牧師のスピーチ → Free at last(マイナー)>

 ゴスペルは、アフロアメリカンの人たちの、苦難の歴史の中に生まれた「祈りのうた」です。そしてその歌の数々は、そんな現実の苦難の中にあっても生きる希望を捨てないで、生まれてきた喜びを感じて生きていこうというエネルギーに満ちあふれています。だからこそゴスペルは、聴く人々の心に、その魂にせまる力をもっているのです。
 今も現実の社会は、決して素晴らしいことばかりではありません。辛く悲しい出来事、心が痛くなるようなできごとがいくつもあります。けれども、わたしたちが夢を持つことをあきらめず、愛がすべてを結んでくれることを信じて生きていくならば、そしてそんな世界を指し示す歌をうたい続けていくならば、わたしたちもいつの日か、あの黒人霊歌を共に口ずさむことができるでしょう。

自由になった、ついに自由になった。全能の神よ、感謝します!
わたしはついに自由になった!

  <Free at last(メジャー)>

関連:I have a dream! (1.28 2000)

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